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2011年10月13日 (木)

生涯でもっとも緊張した日

 10月13日、長野県の戸倉上山田温泉で講演の機会をいただいた。定年退職者を対象にしたセミナーの一部で、ご要望はなんと、私が医者から落語家になったきっかけや経緯について話しをしてほしいとのこと。

 「退職した人たちの第2の人生の参考になりますから」だって。なるわけないでしょ!!第一ですよ、落語家になったことなんぞを参考にされたって、私、責任持てないもの。
 そりゃあ話はしてきましたよ。でも最後に、「どうか、この話だけは参考にしないでください」と締めくくった。どんな講演なんだ。

 ところで戸倉上山田温泉といえば、思い出がある。あれは、落語家として入門してすぐの頃、この温泉地で全国の大学生の落語選手権があって、そのアトラクションで出演することになっていた。

 この田舎の温泉地に落研の学生が集結したわけだが、初日が予選、翌日が本選。司会が生島ひろしさん、審査員が師匠の志らくと、人間国宝の小さん師匠のお孫さんである花禄師匠、そして特別ゲストが家元の談志師匠という顔ぶれだった。

 とにかくまだ入門したてで、ろくすっぽ舞台に上がったこともない。それが落研の連中がやった直後、「さあ、この人はプロですよ」と紹介されて出ていくことになった。
 ところがですよ、落研の面々が、出て行く片端から受けない、笑わない。もう会場は静まりかえってる。こんな状況だから、出た限りはちゃんと受けなくてはならないわけですよ。
 落研の後に私が出て行って、やっぱり受けなかったら、「なんだこいつ、プロのくせに落研と変わらないじゃないか」となるのは目に見えているわけ。

 実際にはプロたって、まだ入門したてだもん、全然プロらしくないんだけど、それでも大変なプレッシャーだった。袖にいて出番を待つ間、心臓が口から飛び出しそうだったし、足が震えていた。頭がぼーとしてきて、大袈裟でなく、もうこのまま倒れるんじゃないかと本気で思った。

 まず間違いなく、あの袖にいた時間は、今まで、生涯のうちで、最高に緊張した時間だった。さあ、生島さんの紹介の後、出囃子が鳴った。もう出るしかない。「短命」をやったけど、ガンガンに受けた。「アア、ヨカッタ」と、心底ほっとしたものだった。

 あれからもう10年以上が経つ。会場の脇には千曲川が雄大に流れていた。あの日、出番前に会場から抜け出して、その千曲川に向かって一生懸命に稽古をしたことを思い出した。

 今、迎えの車の窓から外を見ると、その同じ千曲川の景色が私の目の前に広がっている。私は少々感慨に浸りながら、仕事に向かったのでありました・・チャンチャン。

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